左脚がグキってなった2

さて、今回は左膝の前十字靭帯断裂が起きた経緯と、5ヶ月間の膝の状態の変化を追っていく。

2025年の3月ごろから通い始めたピックルボールのオープンプレイも、12月にはすっかり日曜と火曜の週2回の参加が定着していた。最初の頃はサーブが安定して入らないなんて悩みもあったが、だいぶ上達してきてすごく楽しくなっていた。火曜日は子供を学校に車で送った後、街の反対側まで15分ほど車を飛ばしてギリギリで開始時間に間に合うスケジュール。朝の時間は通勤・通学で車が多くちょっと渋滞していたりもするので遅れてしまうこともあったが、火曜日は定員が18人となっていて、コート4面に4人ずつで16人だとすると2人余るので、遅れても迷惑はかけない。お年寄りの多い火曜日はこの余剰がちょうど良い休憩時間になっている…かと思いきや、そんなの全く必要ないくらいパワフルな先輩方が多く、休みなく続けてプレイしたい人がほとんどだったりもする。

たまたまその日は参加者が一人足りなくて、その体育館のオープンプレイを運営しているスタッフの若い女の子がその分を埋めていた。ゲームは通常2対2のダブルスで、その回、私はよく顔を合わせる上品でおっとりした雰囲気が素敵な年配の女性とペアを組んでいた。対戦相手の一人はそのスタッフの若い女の子でとてもスポーツ万能そうな強敵だった。

確かそのゲームは押されていたと思う。その子が打った深い球が私のバックハンド側に来たので、左後ろに下がりながらその球を打とうとしたとき、たぶん、私は軽くジャンプをしたのかも知れない。左脚で着地をした瞬間に、膝の中で何かずれるような感覚があった。痛みは全く感じなかったのだが、明らかに初めて経験する異質な感覚だったので、すぐそこでプレイを中止した。ペアの方は私がかなり後ろに下がったので、後ろに置いてあるベンチに脚をぶつけたのかと心配してくれたが、そうではなくて、自分で着地をした時に何かが起きたようだった。まだ動けそうでもあったが念の為その日はもうそこで中断して帰ることにした。痛みは全くなくて、あれはなんだったんだろう?という感覚だった。

帰ってから仕事をしている間、少し冷やしたりしていたが、夜になるにつれてだんだん膝が重く、動かすのが億劫になり、違和感が強くなっていった。次の日の朝には腫れてきていて、歩けなくはないけど体重はかけられない、痛みはそんなにないという状態に。(この辺りの経過は逐一Chat GPTに相談していたので鮮明な記録が残っている。)

なんとなくこのままではまずいという感じがしたので、一応病院に行くことにしたのだが、問題はどこの病院に行ったらよいかである。ここはニュージーランド、病院の存在が日本より遠い感じがしていた。一般にはGP制度というのがあり、各自「かかりつけ医」がいて、まずそこに行ってから紹介してもらわないと専門医に診てもらえないという日本人にはなんとも馴染みのない制度である。昔まだそんなことを知らなくて、娘のことで皮膚科に行ったら、GPの紹介状はあるか?と聞かれて診察はしてもらえなかったことがあった。なので今回もまずGPに行かなくてはならないのか?という思いもよぎったけど、そんな悠長なことをしている場合ではない気がした。

これまたChat GPTにすぐ診てもらえるところをあげてもらって、その中の一つ「24時間営業の “walk-in (直接来院)” タイプ。急ぎだけど“救急搬送ほどではない”場合の選択肢に。」と挙げてくれた大きめの救急病院に行くことにした。受付で「車椅子にのるか?」と聞かれたが、「え、車椅子!?そんな重症ではないでしょ」と思っていらないと言った。朝早かったからか空いていて、割とすぐ外科医と思われる女医さんに診察してもらうことができた。事の経緯を話してレントゲンを取ることに。この、診察・レントゲン・結果まち・再度診察という行程で広めの病院内を脚を引きずりながらぐるぐる歩かなくてはならず、「最初に車椅子借りておけばよかったかも…」と後から後悔した。

レントゲンでは異常がなくて、「2〜3日してもよくならなければ整形外科へ行って」とのこと。膝をピッタリと圧迫してくれる筒形の包帯みたいなサポーター(これがかなり優秀でこのあとしばらくお世話になった)をつけてもらい、クラッチ(松葉杖)を借りて帰ることになった。「松葉杖!?」とまた人生初のものに抵抗感を感じたが、そこには選択の余地はなく有料で貸し出された。人生初の松葉杖に、少々手こずりながらアパートの階段(3階建て…泣)を上りなんとか自宅にたどり着いた。学校から帰ってきて嬉々として松葉杖を試す娘の姿に、自分も子供の頃は松葉杖に憧れたことがあったな…と懐かしく思い出した。

膝は次の日も腫れていて良くなる気配はなかったので、今度は整形外科へ行くことにした。これまたどこへ行ったら良いのか分からなかったのだが、夫くんが行ったことがあり大きめの病院とのつながりもあるらしい整形外科を予約してもらって行ってみた。そこでは、レントゲンに異常がなかったのなら次はMRIをとった方がいいね、ということでその予約を入れてくれることになった。その時は12月の初めだったのだが、実は中旬から日本に1ヶ月半くらい一時帰国することになっていた。案の定すぐの予約は取れず、日本から帰国してからの2月にMRIを取ることになった。そこでの診断では、ACL(前十字靭帯)損傷の可能性が高いと言われ、いくつかのエクササイズを教えてもらった。その頃はACLが何なのかも良くわかっていなかったし、「怪我をしてるのになぜエクササイズを?」とちゃんとその趣旨を理解できていなかったが、この初期からのリハビリが大事なのだということを後々悟るのであった。

ちなみに最初の病院で貸し出された松葉杖だが、普段からほぼ引きこもり生活の私は次の日くらいしか使わず、やや足を引きずった状態で自力で歩くことができた。でもそこでもらった筒形の包帯みたいなサポーターは膝をギュッと安定してくれる感じがして本当に良くて、この後2ヶ月くらいずっと、動いている時はほぼずっとこれをつけていた。膝をあまり曲げられないので階段を登るのは一苦労で、一段ずつゆっくりと、シャワーを浴びる時も足先を洗うのが一苦労といった感じだった。今の家はニュージーランドのアパートによくあるタイプの、1m四方くらいのガラス張りのシャワールームで基本シャワー中は立ったままなのが余計大変だった。

日本に行ってから一番苦労したのは床に座れないことだった。冬だったので炬燵があったが、脚を伸ばしたままでしか座れないし、立つのも一苦労なのでほとんどは椅子に座っていた。膝が曲がらないということはこんなにも生活に不便をもたらすものなのだということを初めて実感した。朝起きて布団から立ち上がる、靴下を履く、足を洗う…日常何気なくしていた動作がいちいち大変で、膝だけの故障なのに身体全体の動きが制限されてしまうのだ。私の場合その弊害が股関節に来てしまい、気づいたらあぐらがかけないという状態になっていた。身体の前で両足の裏を合せて床に座る姿勢(ヨガでいうバタフライのポーズ)で、以前は両膝が床にぺったりつくくらいだったのに、怪我から2〜3ヶ月たつ頃には床から膝の距離は遠く離れて、体のすぐ横に膝があるという状態になっていた。

日本では脚を少し引きずりながらも色々なところへ出かけ、年末年始や温泉旅行などを満喫できた。NZへ帰国していよいよMRIがとれると思ったが、最初の予約日は外科医の診察のみだった。外から見たのでは到底病院らしからぬおしゃれな雑居ビルの中に外科医の診療所はあって、受付カウンターと待合室、応接室とそれに続く診察室だけの小さな落ち着いた空間だった。どうやら外科的な処置を行う場所と診察をする場所が完全に分かれているらしい。街の中心地に近くアクセスも良いかっこいいビルに、自分の名前を冠した診療所を持つのはさぞかし素敵な気分だろうな、なんて想像しながら運動がてらに自宅から20分程の距離を歩いて行った。

その頃にはもうほとんど普通に歩けるし、何をするのにも不自由さは感じなくなっていたが、まだ膝が完全には曲がらず、正座をすることはできなかった。外科医はまず経緯を聞き、診察台で脚の状態を調べてから「右ひざと左ひざの状態はかなり違うね」と言った。そして痛みが全くないということに大層驚いているようだった。ひとまずMRIだね、ということになり今度こそ本当にMRIをとる予約を入れてくれた。

MRIをとるクリニックからはすぐ連絡がきて、1週間以内にはとりに行くことができた。担当してくれた女の子に、「ACL損傷じゃないといいね。」なんて言われながら支度をして、MRIの機械の中に横たわって渡されたヘッドフォンをしてクラシック音楽を聴いた。そういえば、事前のメールで何の音楽がいいかって聞かれてたのはこのためだったのか。こうする理由は、10分くらい横たわっている間に外側の機械の音が絶え間なく鳴っていてうるさいからのようだ。人によっては苦痛を感じるらしかったが、私にとってはとてもリラックスして非日常的な時を過ごすことができてとてもよい時間だった。リラックスした非日常的な時間を過ごすと、人生を俯瞰してみられるような感覚になり、普段あまり考えないようなことを考えたり、思わぬアイデアが浮かんだりするのだ。その時も何かとてもいいインスピレーションが得られたのを覚えている。

結果はまた同じ外科医のオフィスに聞きに行った。やっぱりACL断裂だったとわかり、手術をするかしないかの選択肢を出された。「ピックルボール、まだやりたい?ピックルボールみたいな急な方向転換を必要とするスポーツを続けるなら手術が必要だけど、手術をしなくても日常生活には何ら支障はないし、ジョギングやヨガみたいなスポーツはできるよ。」という説明だった。「ピックルボールはすごくはやってきていて、特に年配の人でやる人が多いんだけど、怪我をする人がいっぱいいるんだ。怪我に関してはテニスより多いくらいハードなスポーツだよ。」とも言われた。

テニスがハードだからと思って始めたピックルボールだったが、身体的にはテニスより負荷がかかってしまうスポーツだったなんて、なんて皮肉なことだろう。ここからしばらくの間、手術をするかしないかの間を揺れに揺れるのであった。

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