これを書いているのは手術後4日目の夜である。
手術当日は12時15分に病院の予定。歩いて15分くらいの場所なので歩いて行くつもりだったが、数日前の事前説明日にもう松葉杖を渡されてしまったので、それを持って歩くのも億劫なのと、朝6時以降何も食べてはいけないことになっていて、早起きが苦手な私はもちろん6時前に起きて食べるなんてこともせずに昨夜から何も食べていない状態だったので、過度な活動は避けたかった。ちょうど家でゆっくりしていた家の人に車を出してもらい病院へ行った。
全くもって病院らしくない、黒っぽく光るガラス張りのかっこいいビルの受付でしばらく待つと、上の階に案内された。受付で身長と体重を測ってから、手術に向かう準備をするらしい事務室のような小部屋で看護師さんのさまざまな質問に答えた。それは前もって答えていたアンケートと同じ内容でアレルギーはあるか、手術歴はあるか、薬の服用、体内の金属などについての一通りの質問だった。その長い質問に答え終わった頃、独特の口調で早口な麻酔科医の先生がやってきて、俺の英語がわかるかとか聞きながらさらにまた同じような質問に答え、書類にサインしたりした。それも終えて、後ろ開きの手術着に着替えてガウンを羽織った頃、とうとう手術の執刀医がきた。いつもよりさらにエネルギッシュな先生は白い長靴を履いていた。君は今日は私のことは何も覚えていないだろうけど…と言って手術をする方の脚にマーカーで大胆にバツ印や矢印を書き、前にも聞いた手術内容の説明を一通りしてくれて、いよいよ手続きは終わりらしかった。
すごくにこやかで親しみやすい感じの小柄でふくよかな金髪の女性がやってきて、肩を抱き話しながら案内をしてくれ、手術室まで一緒に歩いて行った。ドアを入るとあのドラマとかでよく見るような手術室があって、真ん中に手術台があり、その周りにたくさんの人たちがそれぞれのことをしていた。10人弱くらいの人々がいたのではないか。みんなが一斉にこちらをみたので軽く頭を下げ、なんだかこの完全なる非日常感を面白く思いながら促された手術台に自分で登って横になった。さっきも話をした麻酔科医の先生が、手術が終わったら時間がいっぱいあるでしょ、本でも読むのか、普段の仕事は何をしているの、と矢継ぎ早にさまざまな質問を投げかけてきて、そうする間にも手の甲から麻酔を入れたようで、いくつかの質問に答える頃には意識がなくなっていた。最後に聞いたのは、私を案内してくれた女性のことをからかって、こいつはクリスマスパーティが大好きなんだ、もう今からそれを楽しみにしているくらいだ…というのが頭に残っている。
次に気がついた時には大きな別の部屋に移っていて、目の前にもいくつかベッドが並び、寝ている人や起きている人がいた。私のすぐ横には看護師さんがいて、水を飲むか聞いてくれた。ストローで水を飲んでまだうとうとする意識でぼーっとしながら、ここは手術の後の回復するための部屋なんだなと思った。あっちの人はもう服を着て立って行こうとしている。さっき受付でも見かけた派手な人だ。もう帰るならきっと軽い手術だったんだろうな。とか、右の人はまだ眠っている。もうすぐ麻酔から覚めるんだろうなとか観察した。痛みが10段階中どのくらいか聞かれて、最初はあまり痛くなかったので2、3くらいと答えていたが、次第に4くらいに上がってきたので錠剤をもらって飲んだ。そうこうしているうちに別の部屋に移動するよ、と言われて二人の人にベッドを押してもらって移動した。看護師さんたちはみんなにこやかでフレンドリーで優しく接してくれる。
移った先は個室で右手に窓、左手にトイレとカーテンの向こうに入り口のある小さな部屋だった。個室だなんて、なんて贅沢。何もかもが本当にゆったりしていて、せせこましくないのがニュージーランドのいいところの一つだ。しばらくぼーっとしていた気がするけど、17時になる頃には意識もはっきりとして、家族と連絡を取れるくらいになった。お腹空いているか聞かれたので、朝から何も食べていなかったのを思い出し、食べることにした。運ばれてきたのは何種類かのサンドイッチとフルーツの小鉢とスイーツが乗ったトレイで、久々のご飯を美味しく食べた。日本にいる親族とチャットで話しながら経過を伝え、皆んなにもニュージーランドの病院の食事の写真を送ったりした。この時食べたサンドイッチは実はただの軽食で、この後夕食があるというのを後で知ることになる。その後しばらくはお腹が空かなかったので夕食はスキップしようかと思っていたが、19時くらいに家族がお見舞いに来てくれたので夕食を頼んで一緒に食べることにした。夕食はマッシュポテトにほろほろのビーフがのっているのと、パン、ポタージュスープ、デザートという豪華なものだった。ちゃんと甘いものがついているのがニュージーランドらしい気がした。そういえばここの病院は受賞歴もあるケータリングサービスを利用しているとホームページに書いてあったのを思い出した。全部は食べられなかったけど、どれもとても美味しかった。
夜は夜中までは1時間おきぐらいに看護師さんがきて、血圧を測ったりするのでうとうとしていると起こされる、というサイクルが続いた。夜中を過ぎると流石に3時間おきくらいになった。最初にトイレへ行くときは看護師さんを呼んでと言われていたので、血圧を測りに来てくれた時にトイレへ行くのを手伝ってもらった。ベッドを下げて、松葉杖を用意してもらい、トイレのドアを開けてもらった。トイレは広く、手すりがついているので座るところまで行って自分ですることができた。座るときに膝を曲げるのがちょっと痛い感じがしたのでなるべく曲げないように座った。まだ松葉杖の使い方もぎこちなくて、ちょっと動くのが精一杯なので、ドアを開けたりのサポートはやっぱり必要だ。なんとかベッドへ戻ってくると、動いたせいか少し脚に痛みを感じた。投薬も定期的に看護師さんがしてくれて、4時間おきくらいに錠剤の痛みどめを3錠飲んだ。そのせいか強い痛みを感じることはなく、むしろほとんど痛みは感じずにいられた。
朝、ドクターが来て脚にぐるぐると巻かれていた包帯をジョキジョキと切った。現れた左脚は全体的にピンクで、膝付近に4箇所絆創膏が貼られていた。なんでピンクなの?と聞くと、殺菌のためだと教えてくれた。そして、退院後にはできるだけ脚をまっすぐに高く上げておくこと、それ以外は特に制限はないこと、通院のスケジュールなどを伝え、「これでピックルボールができるようになるね!しばらくはまだ無理だけど!」と、その日からホリデー予定の先生はいつもよりさらに元気よく去っていった。
午前中にはあっけなく退院して、本当に一晩で家に帰ってきた。日本の手術の情報を見るとずっと脚を固定していたり、1週間入院したりするみたいだけど、国によってやり方は全然違うものである。そのことを一度誰だったか医療関係の人に聞いた話では、ニュージーランドでは術後に長く入院したりしないアクティブ方法を採用していて、それで特に問題もないしむしろ動くことが回復に良いこともあるらしい。これは出産の時も同じで、10年以上前にニュージーランドで出産したことがあるのだが、その時も入院は2日くらいだった。なんなら産んですぐ帰ってもいいらしい。この方法は病院の負担も少なく、患者の回復にも良いのなら日本でも積極的に取り入れたらいいのに、と思う。もちろん家でサポートしてくれる人がいない場合や、注意深く見守る必要がある場合は入院という選択肢があってもいいのだろうけど「手厚くやりすぎないことの良さ」みたいなものは確実にあると思う。
そんなこんなで無事、手術を終えました。

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